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デジタルアーティストとしての27年 -メタバース空間でどう生きるか-
- 2022/08/24
今回は、デジタルアーティストとして活躍されているデザイナー・石黒紘次郎さんに、デジタルアートとの出会いや、石黒さんにとってメタバース技術がどのような意味を持つのか、ご寄稿いただきました。
石黒紘次郎 |Kohjiroh Ishiguro
株式会社バリュークリエイト(デザイナー)1994年に宮城県に生まれ、2017年に宮城大学デザイン情報学科を卒業。同年、株式会社バリュークリエイトに就職するため上京。
デザイナー兼オウンドメディア運営担当として勤務する傍ら、プライベートではSNSを中心にデジタルアート作品を投稿する活動を続けている。<各種メディア>
Instagram:https://www.instagram.com/1496ishi_2nd/
Twitter:https://twitter.com/1496ishi_0002
Tumblr:https://1496ishi.tumblr.com/
自分と”デジタル”の関係性を振り返ると、「リアルの世界」と「デジタル空間」との間を往来するときに人とのつながりが生まれ、大きな喜びが生まれていると感じました。
今回IGL DXに寄稿する機会を頂戴し、デジタルアートにより自身をアップデートしてきた27年の人生を振り返りました。
そのなかで、トップに掲載した作品が生まれた経緯をご紹介しながら、メタバースという技術に対して自分が感じている可能性を記したいと思います。
えんぴつで彩る人生
幼い頃からあまり人前で溌剌と語るタイプではない私は、心のうちを「絵」で表現することに喜びを見出していました。
幼少期は、自分ひとりの世界に入りがちでした。恐竜の図鑑を模写したり、妄想空間のなかで世界を構築したりするのが好きで、自宅の部屋から出ない日も多くありました。
しかし次第に先生の似顔絵で注目を集めたり、学級新聞の四コママンガを描いたりと、クラスの中に自然と馴染むことができました。
このように、運動が苦手だった私にとって、鉛筆で絵を描くことは重要なコミュニケーション手段でした。モノクロの絵であっても、自分にとっては彩りあふれるものとして存在していました。
また、無理に外へ連れ出そうとせず、子どものワクワクを尊重してくれた両親には、感謝しています。
創意工夫の喜び
高校を卒業し、「絵やものづくりに関わる仕事に従事したい」という思いからデザイン系の学科に進学しました。
初めて自分のPCを買ってもらった私は、Windows PCに初期インストールされている「ペイント」アプリを使い、マウスで絵を描いていました。
今考えると、clip studioなどのイラスト専用ソフトも、ペンタブレットもない簡易的な装備でした。
しかし当時は「白黒じゃない絵が描ける!」と、初めての体験に興奮したことを覚えています。
その後、講義を通じてAdobe Photoshopという写真加工アプリケーションに出会ったことは、”自分で開拓する喜び”を知ったという意味で、大きな転換点になりました。
Photoshopで遊ぶ中で、「授業中の落書きをPhotoshopに取り込み色を付ける」という、アナログとデジタルを融合させた描画技法を自分なりに見つけ、ブラッシュアップしていきました。
技法のひとつを例に挙げると、2015年の上記の作品では工程が5つあります。
➀取り込み(iPhoneのカメラで鉛筆絵を撮影し、PCに取り込む)
➁不要な箇所を「消しゴムツール」で取り除く
➂「トーンカーブ」で明るさを調整
➃「指先ツール」で紙のテクスチャをぼかす
➄「ブラシ」などで影やハイライトを追加して質感を出す
デジタルによって鉛筆画に息が吹き込まれていき、立体的に存在しだすのが面白く、様々な手法を試してはTwitterに投稿していました。
そして、Twitter上では作品作りを通して自己表現をしている様々な仲間に出会いました。お互いの作家性を見せあいながら、刺激を受けて成長していくことができたと思います。
これまでは、デジタルアートという領域で「新しい描画法を実験する」のが楽しくて、自分のなかでストーリーが完結していました。
しかしSNS上での交流を通じて、私にとってデジタルアートは自身の内部で完結するワクワクから、さらに上位の「自己表現」の手段として機能していくようになりました。
空間が拡張される体験
自分なりに技術をブラッシュアップしながら、大学を卒業しました。
その後もデザイナーとして勤務する側ら、オンライン上での作品投稿を継続していました。
ある日、フランスの方がInstagramで声をかけてくださり、新大久保のカフェに作品を展示する機会をいただきました。
初めての「個展」となったこの展示は、自分にとってひとつのターニングポイントとなった体験です。
普段「デジタルで作品を作り、SNSでシェアする」というデジタル上で完結していた私の活動は、「空間という作品を創り、人を招く」という、自分の中で一段進化したものになりました。
さらに、展示会ではもうひとつの重要な体験をしました。
メインとなる大判作品の作成準備を行なっている最中、1周年の記念日を目前に恋人とのお別れを経験しました。
悩んだ末、この津波のような気持ちを素直に吐き出そうと思い、作品「The Moon」を作成しました。
作品の中には「月」や「蛾」が配置されています。
夜行性である蛾にとって「月の光」は重要な道標となっていますが、この絵では”自分にとっての人生の道標を失った”という心境を表現しています。
画面内のそのほかのモチーフも、やりきれない思いや、漠然とした記憶のメタファーとして、自分の中にあるストーリーとつなげて圧縮した作品です。
この他にも、10点ほどの作品を展示させていただきました。
そして、来場してくださった方々と時間をかけて絵に込めた想いを共有する体験を通して、ある感覚を覚えました。
はじめ、ちょっと狭いカフェであった場所が、時間をかけて空間としてだんだん広がっていくような感覚です。
展示を終えるころには、そのカフェは様々な美しい思い出が染み込んだ「唯一無二の空間」になっていました。
実際の物理的な体積とは別に、自分の頭の中にある価値に応じて空間が無限に広がっていくような不思議な体験をすることができました。
唯一無二の体験はメタバース空間へ
展示から数年後、コロナ禍において社会人サークルに入会しました。
サークル内では日常的に、デジタル上で様々な活動・交流が行われており、多くの才能にふれ刺激を受けてきました。
そのなかで、メタバースプラットフォーム「cluster」を使用し「VR美術館」を作る企画が立ち上がり、私も作品を作成して出品しました。
家の近くのコインランドリーをモチーフにしたこの作品では、新大久保の個展で体験したことを自分なりに表現しています。
日常の中でありふれた空間であっても、独創性しだいでどこまでも「唯一無二の空間」にすることができる、ということをコンセプトにしています。
「VR美術館」のメタバース空間では、直接相手の表情を見ることができませんでした。そのためリアル世界で対面しながらお話しする体験とは嗜好が異なるため、現実世界での展示とは比較することができない側面もあります。
しかし、メタバース空間でのデジタルアートを通じた交流では、現実世界にはない独特な味というか、趣があると感じました。
自分の作品がデジタル空間に溶け込んでいき、「広大な世界の一部」になっていくような、不思議な感覚がありました。
その広大な世界で来場者と出展者が交流を行うことで、複数の体験が同時に行われていることに興奮したのを覚えています。
自分の空間を構築する
私の所属する株式会社バリュークリエイトでは、個人の「ワクワク」に向き合ってチャレンジすることを大切にする文化があります。
最近そのような文脈で社内でメタバースが話題に上がることが多く、自分なりに様々な可能性を考えていた中で、上述の「VR美術館」の体験がありました。
新大久保の個展では、時間をかけて人々と感情を共有することによって空間が広がっていき、自分だけの匂いのようなものを発する感覚を得ました。
そして数年後に参加したVR美術館では、メタバースという技術により、その経験がさらに拡張された感覚がありました。
そのような経験を通じて、“アート”と”メタバース”とを結びつけることは、自分にとっての大きな「ワクワク」になってきています。
これまでの27年を振り返ると、幼少期から自分だけの世界をつくることに「ワクワク」していました。空想にふけって、授業中に先生から怒られた経験も決して無駄ではなく、自分の中の作家性を磨く重要な時間だったと感じています。
これまで、自分の衝動に突き動かされる形で作品技法を磨き、自分自身をアップデートしてきたことを考えると、言われるまでもなく自分は「デジタルアート」というテーマでワクワクに忠実に生きてきたと思います。
これからもアップデートされていく技術を自分なりに取り入れながら、空間を拡張していくことが人生にとっての「月の光」になっていく予感を感じています。